グリーンマンとグリーンレディとは?骨が緑色に変化したのはなぜ?

グリーンマンとグリーンレディという緑色の人骨が発見されて、世間を驚かせましたよね。

 

 

今回の記事では、なぜ骨が緑色に変化した状態になってしまったのかを解説させていただきますので、ご興味のある方には必見の内容になっています!是非最後までご覧くださいね。

 

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当時の人々が楽しんで充実したいた生活、それらの息吹を残している遺跡が、イタリア南部に位置するポンペイです。

 

しかしそのポンペイは、西暦79年のベズビオ山の噴火が原因となって、一変して灰に襲われてしまいました。その結果、タイムカプセルさながら、2000年前の遺跡が現在も現存したのです。

 

そしてここポンペイにおいて、世紀の大発見があったのです。発掘を行なっていた家屋の地下から、多種多様な世代の54体の人骨が掘り出されました。そして、その分析の結果、いろいろな事実がわかってきました。

 

ポンペイの惨事とは?

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2000年以前の信じられないほど進歩した生活スタイル。その場所で人々は何を大事に考えて生活していたんでしょうか?

 

ポンペイという地が存在していたのは、ピーク時、紀元前後のあたり。ポンペイを襲った不幸はベズビオ山から始まってしまったのです。その事を「ポンペイの惨事」と呼ばれています。

 

おおよそ2000年前、栄華を極めたポンペイに限らずローマの街の何箇所かが、ベズビオ山の噴火に襲来されました。その火山灰のボリュームは、20mを上回るものだったんです。

 

当然のごとく、町は灰一色になってしまい、1500年を超えるくらいの日数、ずっと存在を忘れられていたんです。

 

そして、西暦79年春の季節、午後1時あたりにアクシデントが発生したんです。山頂から非常に大きい噴煙が・・・。その当時の人々にとって生まれて初めて見る光景だったに違いありません。

 

火口から3万m上空に及ぶまで、真っ黒な柱のような感じに噴煙が立ちました。そして人々はパニック状態になったのです。町の中には火の粉が降り注ぎます。降り注ぐボリュームもあっという間に急増しました。

 

そして、真夜中の零時頃を経過し、火砕流が町をまでたどり着きました。さえぎるものひとつ残らず焼き払ってしまったのです。

 

それ程の大悲劇の中、生存した方たちがいたわけです。その人たちこそが、地下室の中で54体ほどの人骨が探り当てられた人たちです。

 

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グリーンマンとグリーンレディが逃げなかったのはなぜ?

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どうしてこの人たちは地下室に残っていたのでしょうか?街を出て逃げようとしなかったのでしょうか?その答えとなるような遺体がありました。それはエメラルドの飾り付け品、または100を上回る大量の金貨に包み込まれた遺体でした。

 

飾り付け品が化学反応を引き起こして、骨が緑色になってしまってある骨が発見されました。その人骨こそが「グリーンレディ」「グリーンマン」と言われているものになります。

 

こちらのグリーン・マンは、遺体の身の回りにハンコも発見されました。氏名は「ルキウス・クラッシウス・テルティウス

 

こちらの家屋の中で、どうやら商売を行っていたようです。イチジクやザクロ、ワインあるいはオリーブオイルなどが売られていた様子。

 

グリーンマンは、こちらの家屋の主人で、マーケットを管理し、豊かな資産がありました。ステータスと名声、資産があったために、簡単に町から退くということが実践できなかったという訳です。

 

さらに「グリーンレディ」は、妊娠していたことも調査でわかっています。であるからこそ、ポンペイにずっと居続けるという覚悟を決めたのだろうと考えられています。

 

グリーンマンことクラッシウスは、町の人と一緒に地下室に逃げこみました。その方達は、さまざまな職業の54人だったのです。

 

結果的には火砕流が町を襲って、全員助からなかったのですが、しばらくの間だけでも、神がかり的に生存できた方たちとなりました。

 

悲しいお話ですが、いつの時代も自然災害の脅威に対して、人間はあまりにも無力だということですね。グリーンマンとグリーンレディの発見が、そのことを再度思い出させてくれたようにも思います。

 

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