映画「セッション」の私なりの感想。私はなぜ号泣したのか?

今回の記事は、このサイトの傾向とは少し違うものになるかもしれません。

 

 

ただ、自分が書いておきたかった映画「セッション」の感想を書きたいと思ったので記事にさせていただきたいと思います。

 

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映画「セッション」の感想。なぜ私はラストに号泣したのか?

 

映画「セッション」をご覧になりましたか?では、知らない方に対してあらすじを丁寧にご説明・・・しません笑

 

今回に関してはあらすじはどうでもいいというか、概要は色々な所にネットで書かれているので、それを参考にしてください。公式サイトを見ればだいたい頭に入るじゃないでしょうか。

 

 

私は今回の記事でなぜ自分がラストで号泣してしまったのかを自分なりに分析してみたいと思います。今回はこの記事を読んでいる方がほとんどご覧になった方を前提として、お話させていただきたいと思います。

 

少しネタバレになるかもしれませんが、極力核心の部分には触れませんので、まだ見ていない方でも安心してご覧いただけると思います。

 

さて、私がラストに号泣した理由でしたよね。

 

それは、最後の10数分の出来事です。主人公である男は、ある男性と抱擁します。まだこの段階で私は泣きも何もしませんでした。しかし、この主人公の男は、その男と離れ、ある場所に再び訪れるのです。

 

この瞬間に私の目のダムの決壊は崩壊しました。

 

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なぜラストシーンで泣いたのか?

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それは、私だったら、ある男性と抱擁したまま離れることなく、その場を立ち去っていただろうと思ったからです。主人公の男は抱擁はしましたが、逃げませんでした。絶対に背を向けませんでした。

 

ひるがえって自分の人生をかえりみると、逃げてばかりの人生だったなと痛感させられてしまったのです。ツライことから常に逃げ続けていたんじゃないかと思い知らされたのです。

 

この瞬間、泣いて泣いてどうにも止まらなくなりました。自分でも引くくらい泣いてしまいました。主人公のあいつは逃げずに闘っているのに、自分はどうして逃げてきたんだろうと。

 

確かにあの過酷な状況で、また戻っていく主人公のマインドは並大抵のものではないと思います。しかし彼は有る程度あのような修羅場になるんじゃないかと予感していたのかもしれません。

 

だから、逃げなかった。闘った。

 

日本でこんな映画を作ることは・・・不可能・・・かな?

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すいません、映画評論家でもなんでもないただのど素人なので、大したことはまったく書けませんでしたが、自分の魂が揺さぶられてしまったので、感想を書くことにしました。

 

ベタな表現ですいませんが、まだ見ていない方は、レンタルで借りてみてください。そして、私と同じ感想を持たれた方やまったく逆の思いになる人色々いらっしゃることと思いますが、見ておいて損はありません。

 

お金をかけなくても映画はこんなに人の魂を揺さぶることが出来るんだと感心しきりでした。こんな映画が日本でも出来たらいいんだけど・・・は~無理でしょうね・・・残念です!

 

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